就職活動のための文章表現力

今年は就職活動が厳しいというニュースが聞こえてくる。100社もの面接をこなしても未だ就職が決まらず、新卒採用を求めて就職浪人をする学生がいるとも聞く。こう状況が厳しいと守りに入る傾向も出てくるようで、面接は「私服化」とされていても、みなこぞってリクルートスーツで望むという話も聞いた。
つまりみな自分と他人との違いを個性として打ち出す自分への「加点方式」ではなく、ちょっとでも揚げ足を取られたくない、失敗したくないという「減点方式」の思考に陥っている。

当然誰も失敗はしたくない。そのために最低限のマナーや暗黙の決まりごとは守ることが大切である。例えば、履歴書はフォーマットが決まっている。なので「個性的な」自作の履歴書で独自のフォーマットを作って提出してはいけない。提出書類は黒ペンかパソコンで作成する。といったところから、敬語の使い方などもそれにあたる。
と同時に、やはり本人の違いが際立たなければ、厳しい競争に勝つことはできない。自分の思い、良さ、ユニークさ、それらを、エントリーシート、小論文、面接など制限があるなかで、限られたルールを最大限に活用してアピールしなければならないのだ。

そんなニュースを見ていて、ふと思い出した本がある。強力にお勧めしたい。深尾紀子著、『就職活動のための文章表現力基本テキスト』だ。

文章も面接も、自己アピールという意味ではまったく同じものである。しかし多くの場合つまずくのは、与えられたテーマやルールをどのように解釈して取り組んだら良いのか、そのとっかかりや取り組み方がわからないケースが多いように思える。

この本は8つの章で成り立っている。まず最初の章では作文の基本として、課題として与えられたタイトルの意図を読み解く方法、作文と小論文の違い、テーマの決め方などの取り掛かり方を扱っている。例としては「私のアルバイト体験」というテーマが課せられたとする。以下の中からその作文のメッセージとして適切なのはどれだろうか?これはあるセクションの出だしの質問である。

(1)コンビニで4年間アルバイトをした。
(2)お客様に喜んでもらえるサービスを考えた。
(3)アルバイト専用のサイトで、コミュニケーションがよくなった。
(4)アルバイト仲間と協力して店の売り上げが上がるように工夫し、やりがいを感じた

企業はアルバイト体験の作文から何を見ようとしているのでしょうか?「アルバイトでどのような仕事をしたか」だと思いますか?
<中略>
企業な職種にかかわらず、アルバイト体験から「何を学んだのか」、「どのように成長したか」、「今後この体験をどう活かすか」を知りたいのです。成功や失敗にかかわらず、体験したことから「学ぶ力」があるかどうかを聞いているのです

さらに説明は、企業が抱える問題や職場環境と、この課題の意図についても続いていく。
ありがちなテーマの作文課題にも、このような意図が分析できると自分の伝えたい事柄をしっかりとまとめていくことができる。

この本は基本的な敬語の誤りや履歴書の記入ルールなど「減点ポイント」をしっかりとおさえつつも、実際には参考書というよりはドリル形式になっている。どのように自分の長所を見出して、それを表現できるようになるかを自身でまとめることができるエクササイズが本全体を構成している。学生生活、志望動機、仕事感など曖昧な質問をどのように捕らえて、どのようにまとめて、自分の言葉で表現するかを練習することができるのである。

履歴書とエントリーシートを両方書くときに意識しておくべき違いはなんだろうか。就職活動の授業で、あのかったるい企業、業界研究をどのように活かすことができるだろうか。そんな事柄もドリル形式で扱われている。

就職活動における履歴書の書き方の視点も興味深い。例えば、得意な学科に「英語」と書くことはなぜ間違いなのか。履歴書の短い囲いの中でどのようにすれば自己PRの効果的な書き方になるか。
面白かったのが、ひとつの例として履歴書の自己PRの趣味の欄の記入例として「ラーメン屋巡り」「ヨガ」が挙げられていた。なぜこんな履歴書の自己PRが良いのだろうか?それは、

会社勤めはストレスがたまるものです。スポーツや趣味で、ストレス解消法をアピールできます。

「ラーメン屋巡り」など一見おバカな回答でもそれがどのように解釈されるのか、就職活動においての履歴書記入の際のヒントがふんだんに散りばめられている。

また実際に指導した学生の志望動機に対してのコメントも参考になる。エントリーシートに「あなたの長所は何ですか」とあったときの学生の書いた、生の文章が記載されている。それに対する、それを受け取った採用担当者がポイントと感じること、またそれに基づいてどんな質問をしてくるかの想定質問など、「採用担当者はこういうところを見ているのか!」という気づきをたくさん与えてくれる。

自分が就職活動の渦中にいて追い詰められていると近視眼的な見方しかできなくなるため、外からの第三者目線で自分の自己PRやアピールがどのように解釈され、分析されるかということに気が回らなくなる。

この本をただ読むだけの就活マニュアルではなく、実践的なドリルとして全編を活用するなら、文章や面接でどのように自分を表現しアピールするかに苦しんでいる方の大きな助けとなるに違いない。

実はわたしは個人的に著者の深尾紀子先生の指導を受けたことがある。深尾先生の的確な指導がそのまま本になったのを見て、ぜひ多くの方々にそのノウハウを役立てていただきたいと切に願っている。

【追記】たまたま「小論文の添削でしょっちゅう指摘したこと」というエントリーを発見。こちらも参考になる示唆に富んでいる。
http://d.hatena.ne.jp/lionfan/20110228